

| 亀岡市鳥瞰図 | 亀岡市文化資料館蔵 | 昭和30年発行 |
観光案内図を持って、亀岡を空から見てみましょう。
・・・・・・・・・・・・・・・
亀岡市は昭和31年1月に1町15ヶ村の大合併により成立しました。このパンフレットは亀岡市誕生を記念して、商工会観光課が制作した物です。当時の亀岡市及び周辺の交通や観光地、名所地、山の名前などが手に取るようにわかります。
作者の吉田朝太郎は、鳥瞰図絵師として知られる吉田初三郎の弟子として活躍した人です。
文は同館発行「丹波亀岡・風景へのまなざし」より転載 亀岡市文化資料館蔵

| 桜の嵐山 | 2016/4/6 |
桜満開の天下の景勝地嵐山。
山という山に桜の薄いピンクが見える。中之島公園も満開だ。竹林の芽吹き、山の木々の芽吹きの薄ピンク、萌える若葉と、生命力あふれる色彩がとても美しい。
渡月橋付近の桂川の標高は約35m

| 保津峡と嵯峨嵐山 | 2015/5/2 |
5月ともなると、若葉の萌える様子がすばらしい色彩美を生み出す。
佐々里峠から左京や右京の山々や、園部・日吉など広大な面積の水が、保津峡を通りこの嵐山から京都市内へ展開する。嵯峨はかつての物流の基地であり、現在の嵯峨芸大のあたりには貯木場があり丹波材で賑わっていた。
川面には陽気に誘われ嵐山で船遊びとしゃれ込んだボート客が爽やかな川風を楽しんでいる。
さて、一仕事終わった保津川下りの船頭さんたちは、JRに乗り込み亀岡に戻るのだが、その昔、トラック輸送などがない時代は、川岸から縄で荷舟を引きながら保津峡を戻っていったという。そのための道は保津峡ぞいに「綱道」として残っている。
現在は、トラックに3艘ほど積み上げ嵯峨から9号線を通り保津の船だまりまで運送している。
保津川遊船 嵐山船着き場の標高 約36m

| 星のや京都と大悲閣 | 2016/4/6 |
桜満開の星のやの京都あたりの風景。写真左側には大悲閣千光寺が見える。
渡月小橋の船着き場に舟でお迎えしてもらい、ホテルまでちょっと川遊びなどしつつチェックインなどしゃれている。
京都の豪商であった角倉了の邸宅跡に建てられていた旅館を新たに作りかえたということである。
大非閣には「角倉了以」の像が安置されていて、
芭蕉の句碑などもあり、静かで素敵な観光地である。
大非閣千光寺の標高は約95m
星のや京都付近の標高は約46m

| 桜満開の保津峡 | 2016/4/6 |
今年の桜は、山も里も一斉に咲くような感じであった。
空にあがると、七谷川の桜並木をはじめ、亀岡の有名な桜並木は淡いピンクの帯を作っていた。一方山手は山桜が白い斑点をつけ、全山満開といった様相であった。
保津峡もごらんの通り、至る所で桜の開花がみられ、生命力あふれる景色であった。
トロッコ保津峡駅付近保津川標高は約46m

| 新緑の保津峡 | 2016/4/30 |
桜の時期の写真とほぼ同じ構図の3週間後の保津峡の様子。
桜の時期に若芽だった木々の葉が一斉に萌え始める。針葉樹など常緑樹との色彩対比がとても美しい。
4月から5月にかけての景色は日ごとに変化し、生命の圧倒的な力を感じて見とれてしまう。
JR保津峡駅付近の保津川標高は約49m

| 保津と山本 | 2016/4/30 |
緩やかな流れの大堰川で運ばれてきた丹波の産物は、ここ保津・山本で急流仕様の筏に組み換えられたり、急流用の舟に乗せ替えられる。保津峡を乗り切る特殊な技能を持った船頭衆が、嵯峨までの舟運を担っていた。
かつては、山本の浜からも保津川下りの船着き場があり、ルーマニア皇太子やイギリス皇太子などの賓客も興じたことから、山本浜までの道のりは異人道と呼ばれた。
この付近の河川敷や田畑は大水の時の遊水地となる。数年前の台風で亀岡駅ホームが冠水した時は、このあたりは水につかった。
画面中央は保津山で古墳群があり歴史的に貴重な地域である。
請田神社の標高は約93m 桑田神社の標高は約103m

| 亀岡盆地を潤す大堰川 | 2016/7/30 |
大堰川の東は広大な農地で、「土地改良区」ごとに水の管理がされている。例えば山際の田畑は大堰川の恩恵をうけることができないので、越原や神吉などに池を作りそこからの水で管理している。また、大堰川沿いは、堰から用水を分岐させ、それぞれの管理農地に配分している。
「ライバル」は「川」が語源であるが、昔から、水の取り合いによる争いは絶えなかったらしく様々な水争いの記録がある。
鉄道や自動車輸送が盛んになる前は大堰川は舟運の大動脈であったが、陸路は山陰道でも物流がなされていた。写真には亀山の城下から大井・千代川・八木を通る山陰古道が見える。辿ってみてほしい。
月読橋付近の大堰川の標高は約95m

| 大堰川の流れ | 鳥羽のあたり | 2014/9/9 |
画面中央、大堰川沿いの街道筋に集落がある。かつて港と宿場町として栄えた鳥羽の集落である。北東より大堰川、北西から園部川が合流する地点である。
9月始め、早稲ならばぼちぼち刈り取りも始まる時期である。品種や時期の違いもあり、実に美しい多様なグリーンのパッチワークだ。
鳥羽のあたりの大堰川標高は約110m

| 熊原・舟枝あたり | 2014/9/9 |
園部町に入ると、大堰川は狭くなった平野を蛇行し始める。画面中央が熊原の集落、その右の山際にあるのが新庄発電所だ。裏手の山中を天若湖上流の世木ダムから導水路で水を引き発電している。
「船岡」「舟枝」など舟にちなむ小字があるのが興味深い。このあたりは重要な地であったらしく、文覚池の西に聳える標高221.9mの城山に新庄城跡がある。
新庄発電所あたりの大堰川標高は約119m

| 大堰川蛇行 | 船岡あたり | 2016/6/3 |
空から大堰川の大蛇行を捉える。亀岡盆地から園部町船岡を回り、日吉ダムへと180度方向を変える様は圧巻である。
画面右は園部市街。
殿田交差点付近の大堰川標高は約140m

| 日吉ダムと天若湖 | 2016/6/3 |
日吉ダムの北から南向きの約180度の鳥瞰写真である。
このダム湖には、水没地区の地名を採って「天若湖」(あまわかこ)と名付けられた。宮村、世木林、沢田、楽河、上世木の集落が水没している。
画面中央に世木ダムが見える。現役の発電用ダムで山を越えた新庄発電所に水を送っている。
山越しに見える遠景は亀岡盆地。標高の高さも伺えるショットだ。画面右に見える「府民の森」グラウンドからテイクオフさせていだだき撮影した。
日吉ダム直下の大堰川標高は約150m
天若湖の標高は約195m
世木ダム堰堤上部の標高は約195m

| 京北宇津 | 2016/6/3 |
碁石坂あたりの上空から宇津の谷を撮影。画面右上が京北の弓削、山国の谷が見える。大堰川は宇津峡公園でヘアピンカーブを描きダムに至る峡谷を流れていく。
宇津には宇津氏の城跡があり、八幡神社の裏手になる山に宇都頼高が築城したと伝えられる。明智光秀の丹波攻略の中で、宇津氏は滅亡した。宇津城はその後に明智氏にて改修され支城として機能したという。城の南裾には大堰川が流れ、また、周山街道も城下を通り、宇津城は水陸の要衝を監視した城であった。
宇津峡公園付近の大堰川の標高は約199m

| 消えゆく雲海 | 八木から亀岡市街地を臨む | 2015/12/20 |
晩秋から冬にかけて、良く晴れた穏やかな朝には盆地に丹波霧が発生する。
日吉ダム府民の森(スチールの森)の広場からテイクオフして山を越え盆地をのぞき込むと、だんだんと消えゆく霧を見ることができた。
八木の方からだんだんと霧が消えていくのが常のようだ。霞がかかる盆地を逆光で眺めるととても幻想的な景色である。
こんな日は上空は意外と暖かく、風も弱いのでフライトは快適だ。
八木の大橋付近の大堰川標高は約102m

| 雲海 その表情 | 2016/1/5他 |
昨年より数回、雲海を撮影するためにフライトをしてみたが、なかなか度胸がいる。いつも使わせていただいている国分寺跡では、霧のためテイクオフができないので、日吉ダムの府民の森からテイクオフした。
高度を上げ諸木山をこえると、雲海の盆地が見渡せる。逆光の中白い霧と青い空のコントラストが非常に美しい。
さて本年(2015)1月5日、まれに見る濃い霧の日にフライトのチャンスがあったが、見渡す四方が霧に呑まれ、これぞ「丹波霧!」と感動と共に恐怖も湧いてきた。篠山方面、福知山方面、綾部方面・京北方面・・すべてが霧に埋もれている。所々に見える山の上部を辿り、雲下の地名を思い浮かべながらの撮影となった。
雲海もよく見ると波だっている。保津峡になだれ込む霧の様子や、日吉ダム側から千谷峠であふれ諸畑へなだれ落ちる霧、老の坂からあふれ出る霧の様子を見た時、雲海は流れている!と感じた。
太古に亀岡盆地が湖であったと言われるが、この白波のたつ景色こそ、まさに丹の海だと思った。
やがて上空は曇ってしまい、霧の晴れる条件がなくなったこの日は、結局お昼過ぎても霧で覆われたままであった。府民の森は高地なので霧もなくなっていたので、無事に地上に戻ることができた。
正月早々自分の人生でもかなり貴重な体験をさせてもらった。

| 保津峡になだれ込む霧の流れ | 2016/1/5他 |
牛松山から南を見ると保津峡の見覚えのある山並が見えてきた。画面中央は山本の背後にある土砂山の並び、唐櫃越である。
画面右手が篠町、画面左が保津峡から京都市内という構図である。
亀岡盆地の霧は、下流の保津峡に向かってなだれ込み、ぶつかった峰を乗り越えるがごとく波打つ様子がみえる。明らかに動きを持って水のように流れているのだ。
雲海の雲頂の標高は約350m

| 出雲大神宮 | 2015/4/2他 |
出雲大神宮は、丹波国一宮として有名、神社本庁に属さない単立神社である。縁結びの御利益でたくさんの参拝客で賑わう。
ここの桜も神池の水面にかかる姿で美しい。桜の終わり頃には神池に花びらが一面に浮いて、美しい水模様をつくる。
秋は多彩な色で神池を彩る。ライトアップで桜も紅葉も夜に楽しめるスポットである。
出雲大神宮神池の標高は約119m

| 七谷川の桜並木 | 2015/4/2他 |
水辺の桜といえば、七谷川の桜は別格だろう。空から見ても見事な桜の花の道が堪能できる。約1kmにわたって約1500本の桜が咲き乱れる桜並木が続き、丹波地方随一の桜の名所である。
さくら公園には28種約280本の桜が植樹されている。ライトアップもあり夜桜も楽しめるスポットである。
保津大橋の下流にも数年前に桜が植樹され小さいながら花をつける。七谷川の桜は植樹され数十年、保津の堤防もあと数十年するとこんな感じになるかしら。
七谷川桜公園(橋のあたり)の七谷川河床の標高は約126m

| 水辺の桜 | 2016/4/6他 |
亀岡盆地ではたくさんの桜の見所があるが。今回は水辺の桜を特集した。
・画面下の平の沢池沿いの道路は、いつもパラグライダーから眺めている桜だが、見事な整列美を艮せる。
また池の回りも満開の桜となり、池面に写る婆も美しい。
犬飼天満宮の犬飼川沿いの桜も見事だ。天満宮散策とセットで楽しめる。
・運動公園の犬飼川沿いの桜も。家族連れの絶好の鑑賞ポイントだ。
・亀山城址南郷公園の桜も水面に花ぴらを浮かべ、市街地に落ち着いた雰囲気を醸し出す。
・八木の寅天堰上流の公園や八光館の桜も川辺の桜として有名だ。
4月始め、地面はまだ緑が少なく、桜の花は薄紅の色、春霞ごしの色はなかなか上空から捉えづらい被写体ではある。
運動公園桜並木の犬飼川河床の標扇は約105m
犬飼天満宮の桜並木の犬飼川河床の標高は約129m
南郷公園の池の標高は約88m
平の沢池の標高は約104m
寅天井堰付近の大堰川の標高は約102m

| 平の沢池 | 下池 オニバスとハスの群生 | 2016/9/9他 |
馬路町池尻の平ノ沢池の中池は、全国でも珍しいオニバスの自生地で、京都では唯一である。花は9月ごろに葉を突き破って花茎を伸ばし、紫色の花を咲かせる。
種子は、全てが翌年に発芽するとは限らず、数年から数十年休眠してから発芽するらしく、昨年は全く見られなかったが、今年は池面を覆うほどの群生を見ることができた。
ハスは毎年安定した群生状態を見せ、7月〜8月の早朝は、可憐なハスの花を撮影しにたくさんのカメラマンがやってくる。 ヌートリアや鴨、サギを始め多様な生物が潜む命あふれる池である。
平の沢池の標高は約104m

| 保津川下り | 2016/7/30他 |
トロッコ列車に乗って川沿いを走ると、運がいい時には川下りの様子を見ることができる。乗船客が楽しそうに手を振ってれる様子を見ると、自分もつい乗ってみたい気になる。
トロッコ嵯峨駅からトロッコ列車に乗車し、亀岡から保津川を下るなどは、最高の保津峡の楽しみだ。かつての交通遺産とかつての筏流しの技、出発地は名勝嵐山となれば最強の観光資源といえるであろう。
嵯峨から高尾へ抜ける嵐山パークウエイの展望台からは、愛宕山の雄大な姿と峡谷美を堪能しながら、船下りの様子も見ることができる。
保津川の両岸の表情も四季折々多様に変化し、川の流れも緩急おりまぜてのアトラクションを楽しむことができる。
保津川下りの乗船場付近の大堰川の標高は約84m

| 探検の始まり | 宮下の瀬 | 2016/7/30 |
亀岡盆地のゆったりとした川下りから、ここから川下り本番となる。船頭さんも気合いが入るところだろう。
舟下りがスムーズにいくよう、「川作」により川床に仕掛けが作ってある。水量や水深を調整するためだ。ここ宮下の瀬では川の中程に州を作ってある。
水の勢いをカーブ外側に逃がしながらも内側に深い水路を実現している。道中には他にも様々な工夫がされており、船頭さんたちの「川作」というメンテナンスで運行の安全管理がなされている。大水が出た後は、特に慎重に航路を確認し状態によっては川作が行われる。
保津峡入口 宮下の背の標高は約79m

| 亀岡駅、保津付近 | 2015/7/30他 |
亀岡駅前の開発の経過。大型スポーツ施設の建設に伴い、駅前の整備が進んでいる。
また、保津の河川敷は、多目的グラウンドやグラウンドゴルフ場整備され、このあたりの川辺の表情が一変した。
保津大橋付近の大堰川の標高は約83m
宇津根橋付近の大堰川の標高は約87m

| 川の名残 | もう一つの水の景色 | 2016/4/30・2016/7/30 |
亀岡の町並を上空から眺めていると、不思議な町並が発見できる。
調べてみると、河川改修工事の跡ということで、かつての河床の跡が住宅地や田畑になっているのだ。蛇行していた河川を、直線的に改修し水害の軽減を図っているということである。
亀岡市史の付録の地図を参照していただきたい。
9号線と年谷川交差地点の河床標高は約101m
9号線と曽我谷川交差地点の河床標高は約93m

| 川の名残 西山の池 | 2015/4/18 |
亀岡盆地の水利は、多くは大堰川に依存しているが、このあたりを含め、山際の地域は、上流からの川や、山間部のため池を利用して水を得ている。
亀山の城下町は西山の裏手や平和公園の池など比較的大きいため池の水を利用している。このようなため池は盆地山手にたくさん存在する。
このあたりの曽我谷川を見ると、かつて河床であったところがはっきりと判別できる。時代の流れがみえる。
中山池の標高は約140m
曽我谷川と縦貫道交差あたりの河床標高は約102m

| 老の坂上空から見た嵯峨水尾 | 2016/4/30 |
老の坂上空約1600mから見る水尾の景色。
画面左が亀岡盆地、右が京都市内嵯峨地区である。保津峡の蛇行の途中、保津峡駅から谷沿いを登っていくと、水尾の郷である。
愛宕山西山麓、急峻な土地の山里、秋のアサギマダラ、フジバカマ、冬の柚子、鳥鍋が有名だ。かの明智光秀が、亀山から明智越え、水尾を通り愛宕山で詣でるという歴史をもつ地、清和天皇が愛し稜がある地でもある。
谷筋の水尾川は愛宕山麓の水を集めて保津川に合流する。
水尾へは保津峡駅から自治会のバスに乗って出掛けよう。嵯峨の六丁峠を越えて自転車でいくというコースは健脚向き? 春秋はリュックを背負ったハイカーで賑わう。
水尾小学校の標高は約270m
愛宕神社の標高は約922m

| 京都の奥の院 | 水尾 | 2016/4/30他 |
愛宕西山麓ということで、水の確保と治水は大きな課題である。上水は集落山手にある浄水場で作られている。
またこの地は愛宕山頂上から刻まれる谷沿いにあり、大雨時の土石流から集落を守るダムが完成した。空からも確認できるほど巨大な通過型のダムで、岩や木材などをこしとる形式である。最新技術のある水辺の景色である。
秋に咲くフジバカマに群れるアサギマダラ、柚子、柚子風呂につかって鳥鍋で一杯、清和天皇陵散策や愛宕山へ登山など、静かな山里に行ってみよう。
フジバカマの畑の標高は約242m

| 越畑隧道 | 芦見谷と越畑 | 2015/10/9他 |
細野から林道を上っていくと芦見谷の取水口にたどり着く。静かな谷には川の流れの音と鳥のさえずりのみ。
ぽっかりあいた隧道の取水口からきれいな谷水がトンネルを通って地蔵山の地下を越畑へ向かう。隧道ができる前は、等高線に沿いながら山をぐるりと回って越畑へ水を導いていたと聞く。
いずれにしてもすごい事業である。
越畑隧道取水口付近の標高は約500m

| 越畑隧道の記録 | 碑文 | 2015/10/1 |
越畑の宕陰小中学校の山手にある、八坂神社境内に設置されている、記念碑の裏の碑文の拓本である。
古来より水不足に苦しむ地域であったが、地蔵山の向こう側、細野の芦見谷川の水を700年契約で分けてもらうという内容である。大正10年6月の建立である。
八坂神社の標高は約433m

| 神吉の水事情 | 2016/6/3他 |
亀岡盆地の一段上にある神吉の郷。比較的平らな土地で、稲作やハウスでの花や水菜の生産が盛んである。神吉小学校は昨年廃校となり子供達は統合された八木東小学校に通う。
上吉の水事情は厳しく、河川がないので山手にため池を作りそこからの用水を利用している。また、旧小学校の裏手の谷にはダム湖がありそこから477号線を辿るように用水を引いている。先人達の工夫が見える水景色である。
神吉小学校跡地の標高は約354m
和田区の圃場の標高が約336m

| 廻り池・桃原池・西ヶ谷ダム | 2015/3/27他 |
西ヶ谷ダムは歴史が浅く、近代的な工法で作られているダムで、下流の三俣川につながる。
廻り池は下流の旭町の土地改良区が管理する池で明治13年の工事完了とある。神吉方面からの水を蓄えている。
桃原池は七谷川につながる文政10年の築造で、千歳の国分、江島里村で築造したものである。山深い土地の活用はこの時代から進んでいた。
西ヶ谷ダムの標高は約302m
廻り池の標高は約317m
桃原池の標高は約361m

| 保津 谷山池 | 2011/4/14他 |
保津町の山手田畑の灌漑用水のための池である。江戸時代にはできていたようである。明治22年に集中豪雨で池が決壊し、保津村の住民13人、牛12頭を失う大災害があった。
隠れた景勝地で、NHKが放送する「火野正平の“にっぽん縦断 こころ旅”」でもここが放送された。
愛宕谷の中程に大小2つの池で構成されている。
谷山池の標高は約300m

| 大水との戦い | 平成25年台風18号 | 2013/9/16 |
3年前の台風18号は、亀岡、福知山、京都に甚大な災害をもたらした。
100年に一度とも言われる豪雨のため、亀岡駅ホームまで冠水したことは記憶に新しい。下流嵐山でも渡月橋付近が堤からあふれた水で被害が出た。
冠水地域を調査して空撮写真に組あわせてみた。だだし堤防や高台などの冠水していない部分の表現の正確さはないので参考までにご覧頂きたい。
保津峡入り口あたりでの排水が追いつかず、下流から水が押し寄せてくる形である。
暴れる大堰川とつきあうこの付近の村々では、高台での集落形成や、家の土台を高くして床下浸水を防ぐこと、また溢れる水を逃がす遊水地の設定など様々な対策を施してきた。
亀岡駅付近の標高は約90m
◆9月16日撮影の写真は亀岡市文化資料館提供 9時半前後の撮影

